2006年10月11日

日本文化編「袱紗の不思議」

袱紗<ふくさ>というものは
お茶を入れる際に
棗<なつめ>(お抹茶を入れる入れ物)とか
茶杓<ちゃしゃく>(お抹茶をすくうスプーンみたいなもの)
を拭く布のことを言います。

裏千家と表千家とそれぞれ
袱紗の種類が違うのですが、
私の習っている裏千家の場合、
初心者は赤い袱紗が一般的だそうです。
ただ、色は何色でもいいそうで
私はグリーンが綺麗だったので
それを買って始めることにしました。

ところが、一回お稽古に行くと、
袱紗がお抹茶の粉で汚れます。
で、その汚れたまんまの袱紗で
次回以降のお稽古も色んなものを拭くのです。

汚くないのか?

私はそう思い、ある日
その汚れた袱紗を洗ってみることにしました。
一応、エマールを使って洗って
その後、「低」でアイロンもかけてみました。

大失敗。

布がテロンテロンになった上、
二枚の布の重なり部分がゆがんでいる。

先生に後日尋ねてみたところ、
袱紗は基本的には洗わないそうで
汚れれば、汚れるほど
お稽古をしていると思われるそうです。

でも、その割には
お茶を始める前に手を洗えとか
道具を洗えとか
(棗と茶杓は洗ったらダメ)
やたらと清潔にしたがる癖に
拭くものは汚くていいなんて
なんてことでしょう。

私はどこか潔癖なところがあって、
この袱紗についた抹茶の染みが
気になって仕方ありません。
それで、この間も阪神百貨店に行って
夏の絽の袱紗を買ったんですが
夏が終わってそのまま仕舞ってしまったら
虫がつきそうでどうしたらいいのかわかりません。
「タンスにゴン」とか入れるのか?

先生は呉服などの洗い張りを
しているところでクリーニングしてもらったら
とかおっしゃいましたが
それもどうなの?と

袱紗が二重になっているのも
なんか変ですね。
ふつうのフキンはタオル地にしても
一枚じゃないですが。

一枚の布をわざわざ二つ折りにして
縫ってあるんですよ。
その方が分厚くて拭きやすいからかしら。
それやったら布地変えたらいいやんと思いません?

で、理由がよくわからなくて
それがなんか気持ち悪くて
千利休<清原 なつの (著) >
の漫画を読んでみたのですわ。

千利休というと、お茶の世界を確立した人として
有名ですが、これを読むと
彼が武器商人として得た利益で
お茶の世界を作っていったことがわかります。

で、このお茶がまた政争の道具として使われた
非常に生臭い世界で、お茶は確立されたのですが。

最期、千利休は豊臣秀吉に切腹を命じられて
自分の美意識をとって死の道へと進みます。

また、当時秀吉の奥さんだったねねさんも
お茶にはまった一人ですね。
京都の高台寺は、ねねが晩年お茶の世界を
繰り広げたお寺で有名ですね。
で、なんで、ねねがはまったかというと、
やっぱり旦那の浮気というか本気の恋がですね。
とても癪に触っていたのではないかと。

秀吉は晩年、淀君という若い愛人にどっぷりはまります。
今までずっと秀吉を支え続け、身を粉にして働き
百姓から太閤の地位まで出世させた。
そういう自分の立ち居地というものが
夫の裏切りによって揺らいでゆく。

で、またこの愛人が秀吉の憧れの君の娘で
「トロフィーファイフ」というかね。
偉くなった自分にたいするご褒美に
高貴な娘を自分のものにできる快感を
秀吉は堪能してたわけです。

ところが、この淀君は、秀吉のことをにっくき父の仇で
性的にはそれなりに満足させられてたかもしれないけど
精神的には
この田舎のどん百姓出が、
おまえ、ええ加減にせーよ!」

とかボロカス思っていたのかもしれない。
石田三也のような若い愛人も側に居たし、

でも心優しいねねさんは、そういう淀君の気持ちも
わかるねんけど、なんかムカつくという。
だけど私、北政所(きたのまんどころ)だし、
あんまりみっともないところも見せられないし。

そういう、人間がもっているドロドロした感情を
お茶の消臭成分が「一気に消臭〜!」
してくれたのかもしれません。

私も最近、ムカムカすることが多くて
だいぶイライラしてるんですけど
不思議とお茶をすると落ち着くですよね。
お茶、恐るべし!

あ、なんとなく袱紗の謎も解けそうですね。
なるほど、
「清濁、併せ呑む」が必要なのかと。

話は変わりますが、
最近、以前一緒に映画を作った
友達からメールが来ました。

水戸短編映画祭に出展した作品が
ノミネートされたみたいで、
残念ながら、賞はとれなかったみたいですけど
審査員には結構好評だったようで良かったな
と素直に思いました。

今は、地元に帰って
お父さんの靴屋さんの後を継いで
経営にタッチしているそうですが、
廻り道でもその方がかえってよかったかなと。

普通の人が普通にしていることを
地道にやった方が、結果的には
お客さんの気持ちを捉えた作品が
できると思うからです。

彼は絶対に将来超大物の映画監督に
なると思いますね。(私見ですが)
あきらめないでね。と返事しておきました。

まあ、東京では色んな人と仕事しましたが、
こうやって、直接連絡くれるのは彼くらいのもんで。

自分の人徳の無さにガックリ。
やっぱり直接連絡もらえるのが
一番嬉しいですよね。


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2006年09月04日

日本文化編「先生が名前を覚えてくれた日」

お茶の教室に本格的に通い始めて
最初に習うお茶の作法。
それが袱紗さばきでした。

私は物事を習得する場合、
何につけ合理的理由を
求めたがる傾向があります。

ところが、お茶を習い始めた時に
一番困ったことが
この合理的理由を何ら教わることなく
とにかく動きを体で覚えなさいということでした。

昔の日本の教育によくある
まず、形から入るというやつです。
理屈っぽい上に、手先が不器用な私には
一番苦手なやり方です。

それでも、覚えなくてはいけません。
年のせいもあり
なかなか覚えられなくても。

先生は覚えの悪い私に少しため息をつきながら
袱紗を三角に折る際の目印を
糸で縫ってつけるように命じました。

ところが次のお稽古の時も
私は面倒臭くて、その目印をつけずに行きました。

すると、先生は
「この間も言ったはずなのに」というような
少しイラっとした様子で
「輪の方を右側にして、ここに目印をつけてきて下さい」
とのたまいました。

実は私と同じ時期に
教室に通い始めた生徒さんもいるのですが
その方には言わずに私にだけ注意します。
その生徒さん(Hさん)は、
ご実家でお茶をやっていたこともあって
袱紗さばきなどは、すぐにできるようになりました。

ところが私はいつまでたってもできないくせに
妙に態度がふてぶてしい。
先生がイラっとくるのも、今はなんとなくわかります。
言われたこともやってこないし……。

でも、私はその時はまだ
強烈な欝が襲ってくる時があり
なんにもやる気が起こらないことがしょっちゅうあったのです。
その上、お茶の世界の洗礼を受け、
先生に対して不信感を募らせており、
お茶を続ける気力も失せていました。

そうなんや。
何やっても面白ないし、うまくいかないし
ほんまにしんどい。もうええわ。

そんな私の思いは、
先生に露骨にやる気が無いように映ったのでしょう。
先生はなかなか私の名前を覚えてくれません。
「あなたも」とか名前をなるべく呼ばないようにしています。

そして次の和菓子づくりをやった時に
先生は和菓子のレシピをメモするように言いました。
ところが、他の生徒さんが手帳を取り出し、
メモし始めていても
私は、メモ帖も筆記用具も持っていない。
和菓子づくりは、物づくりなのでちょっとは面白かったですが
とにかく、黙って言われた通りするのが精一杯。

このカルチャーセンターは
3ヶ月ごとの更新になっており、
ちょうど更新月になりました。
ところが、先生はまだ私の名前を覚えない。

もう、どうでもいいや。

そんな時、先生がこう聞いてきました
「年が明けて第一週目のスケジュールはいかがですか?」
「特に用事はありませんが」
「お仕事は何されてるんですか?」
「今、病気療養中でドクターストップがかかってるんです」
「何の病気なんですか? さしつかえなければ」
「いえ、鬱病っていうか、極度の不眠症なんです。
 薬を飲まないと夜が全く眠れないんで」
「まあ、そうなの?」

先生の顔つきがパーッと変わっていきます。

「見た感じお元気そうだから、そんな風には見えなかったわ」

そうなんですよ。この病気は。
見た目お元気そうに見えるから、
気にせんと人からポンポン物言われるんだけど、
元気だった時はなんとも思わなかったようなささいな事で
すごく落ち込んだりするんですよ。

ほんでこんな風に落ち込みとかが続くと
今度は周りの人から
腫れ物さわるみたいに扱われるようになる。
それがまた余計に疲れる。

悪循環。

先生は尚も続けます。
「次回も更新されますか?」
「お茶はこの病気に良いと精神科の先生も
 両親も申していますので、
 しばらく続けてみようかと思います」
「ぜひ、続けてみてください」

先生の口調は先程までと明らかに違います。
かなり優しい口調になっています。
「次回私が更新するから」
という理由だけではなさそうです。

そうか。ああ、こうやって
自分の弱さをそのまま見せればよいのか。
私はその時初めて気づきました。

仕事をしていた時、
私は常に強くなりたい。強くなりたい。
とそればかりを考え、とにかく前へ進むことしか
やっていませんでした。

でも、世の中の人たちは
そんなに強い人ばかりではなく、
むしろ弱い人の方が多くて
だから弱さに共感する。
弱さに優しいのです。

いっつも強気で生きている人間には
なんかツイテいけないわ。と思っている。
だから、仕事している時も
露骨にいじめられたり、頭抑えられていたのかと。

自分の弱さを自分で許さなければ、
本当に強くなることもできない。
私がお茶の世界で学べそうなことは
礼儀作法や伝統文化もさることながら
こういった人間関係の新しい作り方なんではないか。
そう思いました。

思いは伝わったのでしょうか。
その日、初めて
先生は私の名前を呼んでくれました。


袱紗のここに印をつけました。
三角の頂上になるところです。
hukusa_shirushi.jpg
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2006年08月30日

日本文化編「お稽古用の茶道具を買いにいきました」

天王寺での初めてのお茶会の後、
私は、お稽古用の茶道具を買おうと
天王寺にある近鉄百貨店に行きました。

最初、私はこれらの道具が
何売り場に行けばあるのかわからなかったので
とりあえず、和食器のある6階まで行ってみました。

が、やっぱり食器はあるものの
袱紗やら懐紙など、それらしきものは見当たりません。
そこで食器売り場の店員さんに聞くと
美術工芸品売り場のところにあるとのこと。

そうか。お茶の世界って百貨店の中でも
芸術品の分野に入っているわけね。
その時点でなんか敷居が高い感じしますよね。
もっと日常的な、普通に人の暮らしの中で
必要とされている商品を売っている場所には無い。

なんで、こんなことを考えるかというと、
私の携わってきた映画の世界も
実はこういう問題を抱えているわけですね。


映画を芸術作品と考えるか商品と考えるか。
まあ、文学に芥川賞と直木賞があるように
映画の世界も、エンターテイメントとして
一般のお客さんに楽しんでもらう映画と
芸術のように、映画を見慣れた玄人筋に受ける
監督の作家性を重視した映画があるのです。
特に邦画の世界では!

で、私はどっちかというと
一般のお客さんが見て面白いと思ってもらえる
エンターテイメント系の映画の方がなんか好きなんです。
どういう話か見てすぐにわかる。
表現方法とかそういうものは、作る側が伝えたいメッセージを
お客さんに伝えやすくするためのあくまでも技術の一つで
そればっかりを、どうだ、すげーだろ!
と見せたがる映画はあまり好きではありません。

それよりも何よりも、
お客さんが面白いと思ってみるものって
なんかエネルギーが満ちあふれているというか
物語にも俳優さんの演技にもパワーがあって、
とにかく元気なんですよね。

芸術品とかいって、敷居を高くして
わかる人だけにわかってもらえばいい。
とか言っている映画って、
殆どが(そうでないのもありますが)
作り手のマスターベーションで終わってて
見ていてピンとこないことが多い。

お茶の道具も、一つ一つちゃんと見ていけば
本当にいい道具というのは、
物そのものにエネルギーが宿っているのかもしれません。
ただ、私はそこまで、まだ目が肥えてないので
何がいい物かはあんまりわかりませんが。

ただね。さっきも申し上げた通り、
いい物をどんどん見て目を肥やすことは必要だと思うですが
それとは別に、こういう道具類を美術工芸品とかいって
なんか囲ってしまうところが、
お茶の世界を一般に遠ざけてしまっている原因なのではないかと
最近考えたりするんです。

私はね。百円ショップとか好きなんですね。
というのは、安物かもしれないけれど
とにかく百円という、お手頃な値段で
ここまでの商品を作りましたという
商品を出しているメーカー側の企業努力というか
そのパワーをすごいと思っているからです。

前にテレビのバラエティ系のドキュメンタリーで
百円ショップの最大手ダイソーにお鍋を納入したい
中小企業の社長さんの奮闘記をやってましたが、
百円のお鍋の原価がなんと99円!
たった1円しか利益がないのに、それでも数が出れば儲けになると
もう、会社も潰れかけているのに必死でお鍋を作っている
姿が映し出されていました。

ダイソーの担当者もまた、そんな企業努力なんか
百も承知で、平気でダメだしするんです。
そうやって両者の涙ぐむような努力があって
余裕で2年は使えるお鍋がたったの百円で私たちは買える。

私、どっちかというと
芸術品ですとか言って、高い位置に座っている商品より
そういう方が好きなんですよね。
なんか物語が見えて。

まあ、こればっかりは好き好きなんですけどね。
ただ、私、百円ショップで
茶道具もどきとか売ってくれたら
遊び感覚で買ってしまうなと思いました。


まあ、もちろん、きちんと百貨店の美術工芸品コーナーでも
勉強するつもりではいますが。

ああ、そういえば
ダイソーには懐紙と茶筅は売ってましたね。
懐紙は100円で、茶筅は300円でした。
ただ、茶筅は2〜3回使ったら
なんか先が割れてきてしまいましたが。
お茶会で聞いたら、Made In Chinaだそうですが、
それでもなんか、こういう無駄使いはちょっと楽しかったですね。

で、話はもとにもどって、
美術工芸品売り場に行くと、そこには
裏千家セットとかいう
懐紙も黒文字も袱紗も扇子も全部セットになったのが
2000円〜3000円ぐらいのお手頃価格で売っていたのですが
結局それは買いませんでした。

何故かというと
買いにいった時点で
いつものごとく下調べが不足していたからです。

店員さんがニコニコ笑って私に聞いてきました。
「お裏さんですか? 表さんですか?」
「は? お裏さん?」
「いえ、裏千家ですか? 表千家ですか?」
「どっちでしょう」

それぐらい調べてから行け!
とあちこちから突っ込まれまくられそうですが
結局わからなかったので、
何も買わずに帰ってきました。

でもまあ、負け惜しみかもしれんけど
後で阪神百貨店で買った
道具の方が上等だもんね。
ふん


★阪神でのお買い物一覧★
(【茶道具・骨董品】龍善堂さん/阪神百貨店・梅田本店9階)

tsuzuri_win.jpg○つづれ紙入れ(二重袋)¥3,675(税込み)









hukusa.jpg○塩瀬袱紗¥2,300〜¥4,500
○色袱紗¥3,500
※袱紗は裏千家の場合何色でも良いそうですが
 最初は赤にした方が無難です。
 でも私はこの色が気に入ったので
 買ってしまいました。



kuromoji.jpg○黒文字¥630









ougi.jpg○扇子¥800〜1200
※扇子は、私が源氏物語が好きなので「源氏香」にしました。源氏物語54帖のうち最初の「桐壺」と「夢浮橋」だけ無い。ああ、「雲隠」も無いですけど、あれはそもそも帖名だけで物語自体が無いですからね。
(こんな事書いても源氏物語自体を知らん人には
 何のことかわらかないと思いますが)


kaisi1.jpg○懐紙¥150
○防水無地(懐紙)¥250

posted by 多織。 at 18:37| Comment(1) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

日本文化編「お茶の世界〜初めての洗礼〜」

初めてのお茶会が終わった後、
私はお茶の教室に本格的に
通い始めることにしました。

一応前回言われたお茶を頂くための道具を買い、
(それについては次回に書きます)
意気揚々と出かけました。

普段時間にルーズな私も
最初ぐらいちゃんとせねば、
と、開始時間より10分早めに教室に到着。
そして荷物を置いていると
生徒さんのMさんがやってきました。

私は挨拶をして、Mさんに
「何かお手伝いすることはありますか?」
「じゃあ、お茶の道具を洗ってもらえますか?」
「わかりました」
そう言って、私は茶碗や茶筅などを洗い始めました。

「茶道入門」とはいえ、
ここはショッピングセンター内にある
カルチャーセンターの部屋の中。
水道からは水しか出ないし
洗剤もスポンジも無い。
従って、初冬の冷たい水でそそぐだけ。
う〜ん、なんか今一気分が出んな〜。

そうこうしているうちに先生がいらっしゃいました。
「こんばんわ〜」と先生は可愛い声で挨拶し
私を一瞥しました。

「先日はどうもありがとうございました」
私はそう言ってお茶会のお礼を言いました。
「こちらこそ。
 本当にわざわざ、あんな遠くまで来ていただいて。
 一度お声をかけただけで、あんなふうにすぐに来られる方って
 珍しいんですよ。内気な方だといくら誘っても
 なかなか来られないことが多いですから


いえいえ。私、全然内気じゃありませんし。
天王寺ぐらい営業でしょっちゅう廻ってましたから
どうってことありません。
と言いたいのをぐっとこらえて
「そうですか? でも楽しかったですよ」
と私は答えました。

そしてその日はお抹茶の頂き方と
袱紗捌きなど基本的なことを教わり
それなりに和やかに時は過ぎていきました。

ところがっ!

その後でとんでもない洗礼式が待っておりました。

先日のお茶会の感想について先生に聞かれた時のことです。
私は、お点前をした和菓子屋のボンが
まだお茶を始めて4ヶ月であそこまでできて
たいしたものだと思った、などと答えたところ。
先生はおもむろに

「お茶会の服装なんですげどね。
 本当は着物を着るのが一番良いのですが、
 そうでない場合も、女性は座った時に
 膝が隠れる長さのスカートで。
 その時には必ず白い靴下を持ってきて頂きたいんです」
とのたまいました。

なんですと?

お茶会の前に、私
「どんな服装がいいですか?」
って聞いたよな?

その時
「なんでもいい」
って言ってはったよな
この先生。

そういう決まりがあるんやったら
なんで聞いた時にちゃんと教えてくれへんねん!
お茶のこと何も知らんから
わざわざ月謝払って習いに来てんねんやろ!

なんじゃ! この底意地の悪さ!
こんなことやってるから
鬱陶しがられて、若い人に
日本文化が広まっていかんのやろが!

私はだんだんと怒りが頂点に達し、
鬱もあいまって
再び人間不信の感情が沸いてきたのでした。

そうして、後日、通院している
精神科の先生と話をした時のこと。
「この間、お茶を習い始めたって言ってたけど、その後どう?」
「はあ、まあ、なんかボチボチって感じで」
「お茶は体にもいいからねえ」
「でも、母が『お茶の先生には
 底意地の悪い人が多い
』言ってて、実際そんな感じで
 続けられるかどうか自信がありません」
「ええ? そう?」
とか言いながら、先生も嬉しそうに
ホッホッホッと笑ってはりました。

まあ、最初は怒り狂っていた私ですが
しばらくたって考えてみると
なるほどな〜と思ったんですがね。

つまり、私ぐらいのいい年した女が
そんなことも知らんのか?という。

お茶を習う上で
最低限知っていなければならないことの基準値が
私と先生との間に落差があったというか。

普通は、もうちょっとお茶の基本をいろいろ習って
最低限の知識は身につけて
それからお茶会に参加するという
「己の小ささを知る」というか
遠慮とか慎み深さというものが
「お茶」をやっていく上では必要なんではないか。

という考え方に変わってきたのである。

なんか、会社で仕事している時は
恥をかいてもいいから、どんどん自分をアピールして
前へ出ろ、前へ出ろ
と教育されてきた私。

知識なんか現場で身につけて来たらいい。
商品売って、恥かいて、体で覚えて来い。
そういう風に仕事の中で育てられてきた私は
恥の意識とかいうのはとっくの昔にどっかにいっていて
「まずはやってみよう精神」が
骨の髄まで染み込んでしまっておったわけです。

そんな私に、今さら「慎み深さ」
を求められてもですな。

困りますがな。
posted by 多織。 at 16:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

日本文化編「初めてのお茶会」

お茶の体験教室に行ってから約一週間後。
私はJRを乗り継いで、天王寺公園に向かいました。
目的は午の一時から始まるお茶会です。

私の住んでいる町から天王寺までは
約一時間ほどで着きます。
私はお昼ご飯を食べる時間を計算し、
二時間ほど前に自宅を出ました。

ところが、天王寺まではスイスイ行けたものの
お昼をいただいて、天王寺公園に入ってから難儀しました。
とにかく公園内がバカでかい上にもらった地図がわかりにくい。
うろうろ〜。うろうろ〜。しているうちに、
美術館の方に出てしまって、
「ここはどこや?」状態に。

私は全く地図が読めない人なので
完全に途方に暮れてしまいました。
開始時間はとっくにすぎてしまっているのに
目的地がよくわからない。
人も平日のためかあんまり歩いておらず
聞くに聞けない。

そうしてうろうろ迷って40分。
ようやく茶室らしきところに到着すると
背広を着た男の人が二人受付をしていました。

「お茶会に参加したいのですが、長生庵はどちらでしょう」

そう言うと、二人は親切そうに笑って
「この奥になります。
 あと参加料の1000円はこちらで受け付けます」

私は奥に案内されました。
その時、受付のお兄さんから
「懐紙はお持ちですか?」
と聞かれて
「カイシって、なんでしたっけ?」
と答えると、またまた親切にも
実物の懐紙を見せてくれて、
「これにお菓子を載せてお召し上がりください」

私は懐紙をもらって
茶室へ向かう門をくぐりました。
お庭は紅葉がきれいで、風情があります。
でも、私はそういう趣を味わう余裕もなく
「遅れてしまった。うわ〜、もう始まっとる」
と焦っていました。

実際、庭の外から茶室の中が見え、
亭主が真ん中に座して
お煎茶のお点前が始まっています。

私が庭の外から中を眺めていると
さっきの受付のお兄さんが来て
「もうすぐこのお点前が終わりますから、
 そうしたら中に入ってください」
「なんか遅れてしまって、すみません」
「いえ、ここわかりにくいですから」
そう言ってなぐさめてくれます。

お茶会ってすごい敷居が高い感じがしてたけど
思ってたより皆親切で優しいじゃん。
とその時ちょっと感激しました。
今考えると、なんと何にも知らなかったとは思いますが。

そうして一回目のお点前が終了しました。
中からその日呼ばれたお客たちがお庭に出てきます。
着物を着ている人、洋服を着ている人と
いろいろいます。

中に外人さんのカップルがおり
英語で説明している人たちがいました。
その外人さんはジーンズにスニーカーといういでたちで、
私はそれを見て少しホッとしました。

実はその日私が着ていったのもジーンズに
デニム生地の上着だったからです。

前日、一応母親に
「お茶会、どんな服がいい?」
と聞いていて
「スカートの方がいいんじゃないの?」
と言われていたのですが、
私は普段、スカートなんか全くはきません。
仕事もずっとパンツスーツで通しました。

なので、
「先生に服装、なんでもいいって言われたから
 いつも通りの格好で行くわ」
とそういう格好で行ったわけです。
ほんで、そういう外人さんを見て
「おお、仲間がおった」
と安心したわけです。

そして、私は二回目のお点前に参加しました。
その日、お点前を披露したのは
関西のお茶菓子屋さんのボンでした。
まだ若い人でしたが、着物がよく似合っていていました。
でも、自分の点前の作法には完全に自信をもっている感じではなく
「これでいいんかな?」と点検しながら披露している様子でした。

後で、先生に聞くと
まだお茶を習い始めて4ヶ月目の方だそうで
それだけのキャリアであれだけできたら
たいしたもんだ。
すごいな〜。と感心していました。

で、私は隣の人に
お煎茶の頂き方について
レクチャーを受けながら
なんとか、お茶をいただきました。

その後、先生にご挨拶をしようとしたところ
先生は最初
「え?」とちょっと戸惑った様子で私を見ました。
私は
「まだ覚えてもらえてないわな」と思い
「この間、体験教室に伺いました ○○です
 今日は遅れてしまって申し訳ありません」
先生は「ああ」と言って
「よくいらっしゃいました」
と私を迎えて下さいました。
実はその「え?」には
別の意味があったと後に気づくわけなのですが。

「この後、お抹茶のお点前もあるんですけど、
 どうされますか?」
と先生はおっしゃっいましたが
「あ、でももう帰ります」
と私はあっさり言って、先生にもう一度お礼をして
おいとますることにしました。

まだ、その時はうつ病のせいもあって
長時間緊張する場にいると、極端に疲れることが
あったからです。

でも、私のこの行動が
先生にはかなり不可解に映ったようで
その後、私はこのお茶という世界の
強烈な洗礼を受けることになったのです。
posted by 多織。 at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月02日

日本文化編「お茶の体験教室で出会った女性たち」A

初めてお茶の体験教室に行き
そこで私の顔をみた先生や生徒さんの顔。

それは「あなた何しに来たの?」という感じ。
でもそんな表情にひるんでいては
なんのために20分も自転車こいで来たのかわかりません。

自分達とは異質の人間が現れた時、
な〜んか排除したくなるというのは日本人の常。
ちゃんと体験教室代も払ってるし気にするな。
と自分に言い聞かせ、にっこり笑って
「お茶の体験教室に来たんですが」と先生らしき人に伝える。

先生らしき人はちょっと戸惑った様子で
「じゃあ、こちらに」などといって長テーブルの席を
空けてくれる。

その時は3人の生徒さんらしき人と一緒に
お煎茶のお点前をいただくことになりました。

最初は自分でお点前をすることはできないので
入れてもらったお煎茶の頂き方などを教わる。
まあ、慣れてないからいまいち動きはぎこちないのだが
最初なんだからしょうがないじゃんと
開き直って頂くことにする。

そうして一通り体験が終わったあとで
先生はおもむろにこうのたまった。

「この茶道入門では
お抹茶(薄茶)のお点前と
お煎茶のお点前の両方を教えてます。
お抹茶の方はあちこちに師範の免除を持っている人はいますが
お煎茶の免除はまだ少ないからいいですよ」
などとどっかの資格取得の勧誘のようなトークが展開される。

まあ、別に資格はどうでもいいんだけど
一応作法とか行儀見習いみたいな感じで習っとくと
自分の動作も少しは女らしく身奇麗になるかも
そう思い、とりあえず人間関係はどうなるか
わからんけど他探すんもジャマくさいし習ってみるか。
と教室に入りたい意思を見せてみる。

すると先生は、私の言葉は一端無視して
「今度11月に天王寺でお茶会をやるんですが
どなたかいらっしゃいませんか?」
おっしゃる。

他の3人の生徒さんは顔を見合わせて
「その日は仕事が…」
などと遠慮がちに断りの意思を伝えている。

私は、私で
「○○日ですか。ああ、別に予定空いてますんで行きます。
時間は何時からですか?」
などと聞いて場所と時間を先生から聞きだす。

先生は
「この子は遠慮という言葉を知らないのかしら」
といったちょっとツンとしたおすまし顔で
しぶしぶ教えてくれるという感じ。

「服装はどんな感じがいいんですか?」
と私が聞くと
「別に、どんな格好でもいいですよ」
とおっしゃる。

そう言われたので
「ほんじゃ行きます」と言い、
教室を続ける為に、何をもってくる必要があるのかを聞く。
先生は「袱紗、黒文字、お扇子、綴り、懐紙」
などとホワイトボードに書き、私はそれをメモして
「じゃあ、また」と言って帰ろうとしました。

その時はまだ先生の
「どんな格好でもいいですよ」
という言葉の言外にどんな意味が含まれているかも知らないで。
posted by 多織。 at 15:33| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月31日

日本文化編「お茶の体験教室で出会った女性たち@」

私が新卒で入社したのは、求人広告の最大手、潟潟Nルート。
本当はお芝居の世界で働くつもりだったのですが
いきなりそこに入り込むのは難しそうだったので
夕方以降に演劇スクールの基礎科でお芝居の稽古をしながら
昼間、この会社でアルバイトをすることにしました。

当時はバブルの絶頂期。
求人広告業界は超売り手市場の時でした。
リクルートはその前年、政治家をも巻き込んだ
一大事件を起こしたにも関わらず、
人手不足の市況から売り上げは絶好調。
会社が出版するB−ingも毎週、電話帳なみに分厚くなり
本屋のラックに載らなくなるので
締め切り前に支社のトップから広告の販売禁止命令が出るくらい
売れに売れていた時期でした。

売り上げ目標を達成するたびに
お寿司やお酒がふるまわれ
毎週、毎週どんちゃん騒ぎ。

もちろん男女同一賃金で
男も女も関係なしに同じだけ仕事に責任をもたされ
女といえども残業も休日出勤も厭わず仕事に専念する。
そんな会社に入社してしまったがために
私はめちゃくちゃパワフルな女性たちとそこで出会いました。

というのも、求人広告のお客様というのは
雑誌を買う読者もいるのですが
私たちが相手にしていたのは、
どれも企業の人事担当者や中小企業の社長たち。

自分の会社を守るために日々戦っている人たちです。
(そうでない人もいましたが)
当然一癖も二癖もあって、人を見る目の厳しさは人一倍。
そんなお客様を相手に、自分たちの企画を売っていくのです。
会社からお客様に対する接待やお歳暮は原則禁止。
人間関係を作っていくのはもちろんですが、
社員やアルバイトたちの
企画力やプレゼン能力を武器に広告を売っていくというのが
基本戦略の会社でした。

だからそこで働く女性たちの強いこと強いこと。
例えば、広告販売戦略の勉強会の席でのこと。
私が当時いた部署の先輩の女性社員が
「広告の見積もりをお客様に通す為に心がけていることは?」
と聞かれて
おもむろに自分のEカップの胸をどーんと机の上に置いて
「このようにチチを机の上に置いて、
 お客様に迫ります」

と平気で言い放つような場面もありました。

昔見た、テレビドラマの中で
適齢期を過ぎた商社の女性事務スタッフが
海外勤務から帰ってきた男性社員に
「きみ、まだいたの?」
と言われて、ショックで給湯室で泣きだす
というシーンがありました。

私の職場で、そんな女性を見かけたことは
殆どありませんでした。
「そんなことぐらいで泣く暇があったら、
 広告の一本でも売って来い」
と無理やり追い出されたからです。

自分の企画を通す為なら
女でもなんでも使います。
という割切り型の女性が大半だったからです。

だから、私も現場では、仕事に熱中するあまり
先輩のスタッフと言い合いに
なったりしたことはありましたが、
ジメジメした女同士のイジメとかは殆どなく
風通しのよい、仕事しやすい職場環境だったと思います。

そうして、私はリクルートの代理店に転職してからも
そんな女性たちに囲まれて仕事いていくうちに
働くことだけが生きがいのバリバリの女戦士になっていきました。
毎週毎週売上目標や利益目標が掲げられ、
それを達成することが第一目標。
目の前に人参をぶらさげられ、毎週走っている馬車馬のような
生き方を十数年間続けました。
先週あったことは、土曜・日曜の間にすっかり忘れ、
月曜日には新しい目標に向かって走る。

でも、それは本当に楽しい日々でした。
そして、夜の演劇学校の基礎科が終了すると
殆ど劇団の手伝いばかりで、ろくな役につけなり
せっかく好きなお芝居の世界なのに
そっちよりも、昼間の仕事の方に充実感を覚えるようになったほどです。

要は、何か目に見えないけれど
戦うものがなければ充実感を感じない人間に
いつの間にか私はなってしまっていたのです。

そして、そんな私が習い事で出会ったのが
今までとは180度違う
弱いけれど優しい女性たちでした。
posted by 多織。 at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月26日

お茶の「体験教室」にまず行きました。

お茶を習うと決めてから
次に考えたのは
一体どこで誰に習うのか?ということ。

母は高校時代にお茶菓子目当てで
茶道部に入っていたそうですが
そこの先生がとても素晴らしい方だったそうで
よくその話をしていました。

お茶の作法のひとつひとつの意味
お道具の良し悪しなど一通りその先生に教わったそうで
先生の教え方ひとつで、お茶に対する精通の仕方も変わってくると
私に強調しました。

だからといって私がその先生に教わることはできません。
母は過去の自慢話をするだけで、全然誰も紹介してくれません。
結局自分で探さないといけない。
私はネットであちこち口コミ情報を探したりするのも面倒くさがったので
たまたま入っていた新聞のチラシに載っている
カルチャースクールのお茶のコーナーを探しました。

ちゃんとありました。

名刺の半分ぐらいの広告に
ちっさく「茶道入門」と書いてあり
月謝は一月4000円ちょいでした。

まあ、今は私も貧乏やし、
体験コースもお茶菓子代500円程度で
いいみたいやし、いっぺん行ってみよか。
と、さっそくカルチャースクールに電話をかけ
体験コースの申し込みをしました。

電話に出た女性のスタッフは
テキパキと手続きを進めます。
「当日、何か持っていくものはありますか?」
と尋ねると、
体験コースの費用とお菓子代だけで良いとのことでした。

場所も家から自転車で20分ぐらい。
当日は、霜月の肌寒さがちょっと心地よいかも
(太ってて、暑がりだから)
そう感じながら、ママチャリをコキコキして
カルチャースクールが入所している
ショッピングモールに到着しました。

このショッピングモールは、数年前に
遊園地の跡地に建てられており
ベッドタウンの親子連れをメインターゲットに
ファッション、インテリア、飲食店など
全国展開のチェーン店や専門店が軒を連ねています。

2階建てなのですが
敷地がやたらとバカでかく
大通り沿いに自転車を置いてしまうと
モールの入り口からカルチャースクールの
事務所入り口まで歩いて15分はかかってしまいます。

そこで、私は事前にスクールの事務所に電話をかけ
一番近い自転車置き場を確認してから行くことにしました。

仕事でもなんでもそうですが、
一つの所に通うためには、そこに行くための
足を確保しなければなりません。
通勤の便利さが働く意欲に大きく作用するのと同じように
何か習い事をしようと思ったら、
できるだけ通いやすい距離にというのが大切なのかなと思いました。
よっぽど先生が素晴らしいとかいうのでない限りは。

閑話休題

で、事務所に体験教室のお金を支払い
一通りの手続きを終えて
いよいよ教室に入ることになりました。

お茶のお稽古というと
炉が切ってある茶室に
訪問着を着た亭主が、座して静かにお客様を待っている。
そんな印象がありますが
私の行ったところは、普通のカルチャースクール。

十畳ほどの広さの部屋に
長テーブルが並んでおり、2〜3人の女性が
お盆の上にお道具を並べ
椅子に座ったままお茶のお稽古をしています。
私が入ってきたことに先生も含めていっせいに気づき、
私を見たのですが、その目は
「何しに来たの? あなた」という感じ。

一瞬場違いなところに来てしまったのかと思いました。
何故かというと
仕事をしていた時にはお目にかかれなかったような
女性たちがそこに並んでいたからです。
posted by 多織。 at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

日本文化編 「仕事中毒には結構いいかも? お茶を習い始めました」@

物心ついた頃から、私は
「将来好きなことだけやって、一人で生きていくんだ」
とそれしか考えない女の子でした。

ウエディングドレス姿の自分なんて考えたこともなかったし
ましてや家庭を持つとか子育てする自分が
この世に存在するとは想像だにせず、
ただひたすら自分の好きなお芝居の世界を
描いて、演出して、演じている
自分しかイメージできませんでした。

社会人になってからは、早く自分の世界を実現させたいと
演劇学校に通ったり、シナリオスクールに通ったりもしました。
しかし、それらはどれも将来の自分の仕事のため。
自分ひとりを食わしていくための
食い扶持を稼ぐための投資として通っていました。

だから会社の同僚が結婚の前準備として
お花を習ったり、着付けを習ったりしていても
「ふ〜ん」と他人事のように眺めていました。

私は仕事と恋愛を両立できればそれで十分。
結婚したって、楽しい時期なんて一時的なもんで
嫁姑問題やらなんやらあって、旦那が嫌になっても
すぐに別れられへんのに
「結婚なんて面倒くさそうなこと、みんなようやるな」
と本気で感心していました。
(それは今でも変わりませんが)

ところが、恋愛も仕事も
うまくいっている時はいいのですが
ひとつ歯車が違ってくると、とことんすれ違いが起ってくる。
特に、恋愛というのは自分の感情だけでなく
相手の感情も大きく作用してくるものですから
何かがうまくいかなくなると
心もどんどん離れていくのですね。

そうして恋愛がうまくいかなくなると
そっちはとりあえず横に置いといて
自分の好きな仕事の世界を広げようと
映画づくりにのめり込んでいったのです。

もう「恋愛はめんどくさい」
それよりも好きなことを思いっきりやって、
「オマケ程度」に恋愛があったらいいわ。
とだんだん割り切っていく自分がいました。

そうして、私は昼間は会社員として働きながら
夜はシナリオライターとして
それこそ24時間フルタイムで働きはじめました。
明け方6時までシナリオを一晩中書き、
2時間だけ寝て、会社に行き、残業して9時頃帰宅。
コンビニ弁当食べて、またシナリオ書き。

そういう生活を約2年近くしていました。

でもやっている時は本当に楽しかったし
(昼間の仕事は嫌やったけど)
夢中になっていたので、全然苦になりませんでした。

仕事の邪魔になる彼氏とは、遠距離恋愛でちょうど良かったし
ストレスたまった時だけ電話やメールで話すという感じで
本当に自分勝手に、テキトーに暮らしていました。

ただ、どこに落とし穴があるか
わからないのが人生というもの。


私は、自分の好きな映画の世界でも
人間関係でドツボにはまり、
それが原因でいわゆる「心の病」
というやつにかかってしまったのです。

そしてこの心の病が元となって
昼間の仕事も失い、彼氏ともうまくいかなくなり
唯一自信のあったシナリオさえ書けなくなりました。

まさに八方塞がり。

幸い実家の両親が健在で、家業もうまくいっていたため
少しは安心して「ひきこもる」ことができました。

といっても当時は重度の鬱病。
夜は、かなりキツイ精神安定剤や睡眠導入剤を
飲まねば全く眠れない日々。
何をやっても面白くなく、感情は全てストップ。
自殺寸前までいきました。

一番キツイ状態を脱出してからがまた長い。
一日中、何もやる気が起こらないのに
時間だけはやたらとある。
仕事の世界で、毎日キッタハッタの
超刺激的な毎日を送っていた身には、
もう退屈で退屈でしょうがない日々であったわけです。

そんなある日、父がこうのたまいました。
「ちょっとお茶を習ってみないか?」と。

いきなりなんでお茶やねんと
思われる方もいらっしゃるでしょう。
ただ、今考えると父はこう考えたのかもしれません。

毎日ちょろっとだけ家事をやり、
後は家でぐーたら寝転がっている
いい年をした娘を
もうちょっとしゃきっとさせなあかん。
そういう「しゃきっ」となりそうな物は
なんかないかな。と。

私は私でこう考えていました。
「そうやな〜。今までおっさんみたいな
日々しか送ってなかったしな〜。
女の人のやることなんにも興味なかったな。
とりあえずヒマやし、なんでもええからやってみよか」と。

こうして私は、
「お茶を習うんだ!」と
1分ぐらいで決意しました。
posted by 多織。 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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